休ヶ岡八幡宮【重要文化財】

薬師寺の南側には薬師寺を守護する休ヶ岡八幡宮があります。寛平年間(889~898)に栄紹別当により大分県宇佐八幡宮から現在地に勧請されました。休ヶ岡という地名は、斉衡2年(855)に大安寺の行教和尚によって八幡大神が大安寺の元石清水八幡宮に勧請された際、 八幡大神が休息された地であることに由来します。『今昔物語集』にも鎮守八幡大神が、金堂を火災から守ったという説話があり、古くから当社が厚く信仰されていたことがうかがえます。現在の社殿は慶長8年(1603)に豊臣秀頼の寄進によって造立されました。 社殿は全体に西面し、本殿・脇殿とも小高い石積みの壇上に建っています。社殿前庭にある座小屋は修復が多いものの、社殿とほぼ同じ時期の建物で、中世に始まった宮座が受け継がれている貴重な歴史的建造物です。
休ヶ岡八幡宮での祭礼には、薬師寺の僧侶が参列し、神前読経が行われます。また修正会や修二会など薬師寺の行事の際には、僧侶が八幡宮に参詣して八幡大神の守護を願います。

休ヶ岡八幡宮の神像八幡三神像 【国宝】 平安時代

寛平年間(889~898)に栄紹別当によって勧請された薬師寺鎮守休ヶ岡八幡宮の祭神像です。 僧形八幡神そうぎょうはちまんしんを中心にし、向かって右に神功皇后じんぐうこうごう、左に仲津姫命なかつひめのみことを配した三神一具の像として安置されています。特に僧形八幡神は、 神でありながら僧侶の姿をとる神仏習合の象徴的な神像です。木彫神像として最古の作例に属し、像高38㎝ほどの小像ですが、堂々とした姿で、三体それぞれが形・彫り・彩色の面で相互に変化と対照が考えられ、入念な表現が行なわれています。

※現在は奈良国立博物館に寄託されています。