「責任ある立場に就任して」と題して令和2年7月6日、第1回千文字説法「私の感自在」が始まりました。
令和元年に発生した新型コロナウイルス感染症は、ウイルスが人に感染することによって発症する原因不明の疾病でした。更に令和2年に入ってから世界中で感染が拡大し、8月までに感染者数は累計6億人を超え世界的流行を齎しました。ワクチンの普及や治療法の確立によって新規感染者数が減少し落ち着きを取り戻しはしましたが、先の見えないコロナ感染症が蔓延して、思い通りに布教活動ができない日々が続きました。外出がままならないため時間に余裕ができ、人生で何に感動したのか、どんなことを大切に思ってきたのか、また薬師寺がどのような歴史を重ねてきたのかを考えることができ、皆様にお伝えする良い機会と思い、始めた千文字説法でした。
安請け合いしたものの毎週一回文章を書くことは思ってもみない重圧でした。でもお蔭で今回迄の5年2ヶ月間、よく続けられたものだなあと我ながら驚いています。これもお読み頂いている大勢の皆様の励ましがあればこそでした。
更にもう一つ実現できたことが御座います。薬師寺は興福寺と並んで「法相」、いわゆる「瑜伽唯識」の教えを学ぶ拠点です。薬師寺の管主となった私は、僧侶となって50年。「瑜伽唯識」の教学を全く学ぼうとしていませんでした。法相教学の基礎がなくても、形だけの住職を勤めることは可能だったからなのですが、京都大学人文科学研究所の石垣明貴杞先生に勧められ、特別に瑜伽唯識の講義を京都大学人文科学研究所教授である船山徹先生より3年に亘って学ばせて頂きました。その成果を令和5年4月に『唯識 これだけは知りたい』として出版することができました。
唯識は全ての煩悩を滅して払拭しない限り、永遠に深い深い泥沼の中を浮沈するような輪廻の輪から抜け出すことができない人間に対して、客観的に問い、理想を追った思想です。その追及は煩悩に満ちた人間性の在り方を徹底的に問うもので、寸分の妥協も許さない純粋なものだったからこそ、難解な教義として敬遠されるようになりました。
法相宗の一僧侶として、瑜伽行唯識派の歴史や思想の要となる部分を解り易く纏めた『唯識 これだけは知りたい』の上梓と千文字説法「私の感自在」は、コロナ感染症が蔓延したからこその成果であると思っています。正に「禍を転じて福となす」ことで、この2点に関して、この上ない喜びです。
5年2ヶ月の間お支え下さいまして誠に有難う御座いました。
合 掌
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